むらよし農園

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青春18きっぷの思い出

 

青春18きっぷ

2024年の冬から『青春18きっぷ』に新たなルールが設けられた。

 

これまでの緩いルールから以下のように変更となった。

 

・利用形態が「連続利用」に変更

→以前のような「任意の5日間利用」は不可

→3日間または5日間を連続して使用する必要あり

・1枚につき1人のみ利用可能

→複数人での共有利用は不可

・購入時に利用開始日を指定

→気ままに使い始めることはできなくなった

 

これまでに何度も利用してきた身とすれば、はっきりと改悪だと言いたいほど使いにくくなった。

 

もう利用することはないかもしれない。

そこで、これまでの青春18きっぷの思い出のうち最も印象に残っている1日を思い出してみたい。

 

 

お金がない

6年間に及ぶ大学生活。

その大半を、金欠の状態で過ごしてきた。

その長い金欠時代のなかでも、ピークにお金のない時の話。

 

僕が大学5年生の終わりごろの話だ。

最近、大学が5年制を導入するということで話題になっているが、今さら騒ぐほどのものではない。

なんせ僕は10年以上前から個人的に導入していたんだ(6年制)。

6年間で何一つとして、得たものもない(失ったものは多い)

 

小学1年生から6年生までの成長を100だとすると、大学1年生から6年生までの成長は12くらいのものである。

 

そんな残念な時代の僕は、とにかくお金がなかった。

学費を捻出するためにアルバイトに精を出し、そのせいで授業に出られないという、バカにしか出来ないことをしていた。

 

そんなある日、東京に行かなくてはならなくなった。

 

身内の結婚パーティだ。

披露宴ではなく、もっとライトな感じのもので、レストランを貸し切って行うらしい。

 

行かなくてはならない。

 

だが、新幹線は高いし、飛行機なんて富裕層の乗り物だ。

 

僕に残された手段は『青春18きっぷ』しかなかった。

 

青春18きっぷとは、JRが発行している5枚綴りのきっぷのことで、1枚で1日乗り放題になる機能を持っている。

 

しかし、乗れる列車はJRの特急以外。基本的には鈍行しか使うことが出来ない。

また、夏休みや春休みなどの限られた期間だけしか使えないという縛りもあった。

 

つまり、時間に余裕のあるものしか使えないきっぷだ。

 

だが、その安さはすさまじく、当時は5日分で12000円くらいだったと記憶している。

1日当たり2400円でJRに乗り放題なのだ。

 

僕に残された道はこれしかない。

 

 

お金のない二人

僕は少しでも安くなるようにと先輩を誘ってみた。

青春18きっぷは、1人で5日分使ってもいいし、5人で1日分として使ってもいい。(当時の話)

2人で割れば、1人当たりの金額は安くなる。

 

そんな理由で先輩に声をかける。

「東京行きません?」

 

 

 

「ええで」

 

先輩は二つ返事でOKしてくれた。

 

出発の7時間前にも関わらず。

 

 

続けて先輩は言った。

 

「俺2000円しかないけど大丈夫かな?」

 

 

出発

翌朝の5時。

 

始発の列車に乗り込む。

青春18きっぷを買ったことで所持金が1万8000円しかない僕(23歳)と、2000円を握りしめた先輩(24歳)の旅が始まった。

 

列車の旅というものは、ゆっくりとした時間を過ごせて優雅なイメージがある。

新幹線の中で駅弁を食べながらビールを飲んだりするのはその最たるものだろう。

 

この日の僕と先輩はどうだったのかというと、優雅さとは最も遠いところにいた。

 

1円たりとも無駄遣いは出来ないので、先輩はバカでかいおにぎりを、僕はバカでかいサンドイッチを手作りして持って来ていた。

 

ビールなんて高級品は飲めないので(そもそも鈍行でビール飲む奴はもう終わり)、2リットルのペットボトルの水を持って来ていた。

 

高知から東京までの所要時間は約18時間。

 

 

鬼畜だ。

 

しかも12回も乗り換えるので案外ゆっくり出来ない。

 

あらゆる感情を無くすことでギリ耐えられる修行である。

 

 

まず始発の高知発土讃線に乗り込む。

 

乗客はほとんどいない。

乗っているのは僕らと同じく18きっぷで戦う道を選んだ猛者だけだ。

 

さわやかな早朝の車内。

奇妙な連帯感を持った旅人たちが出発する。

 

 

過酷すぎる

鈍行のみで高知県から東京を目指すのは過酷を極める。

まず長い。

 

18時間だ。

 

午前中かけてようやく四国から脱出する。

 

午前中は爆睡してれば済むからいいが、本州に入るとなかなかそうもいかなくなる。

 

まぁまぁの頻度で乗り換えが来るし、乗客の数も多い。

 

座れずに移動する時間が続く。

 

また、途中下車してゆっくりすることすらほとんど許されないタイトなスケジュール。

一度だけ大垣で降りて20分ほどの休憩が出来るくらいだったと記憶している。

 

そこからはひたすらに電車を乗り継いで東京を目指す。

 

持ってきているのはおにぎりとサンドイッチと2リットルの水だけ。

この辺は僕らの金欠によるものかもしれないが。

 

18時を回ったあたりから感情はなくなる。

 

そして二人の会話も。

 

ただただ決められた駅で降りて、決められた電車に乗るマシーンと化す。

 

 

到着

東京に到着したのは23時半くらい。

 

精も根も尽きた二人。

 

金もないので疲れを癒すあらゆる娯楽には手が出せない。

 

スーパーでカップ焼きそばを購入し、近くの公園で食べる。

 

公園のベンチは細かくひじ掛けが設置されて横になることが出来ない。

 

都会の公園は世知辛い。

 

栄養なんて皆無の大容量で安い焼きそばを流し込んで、発泡酒をあおる。

 

東京は自分らのみじめさをやたらと強調してくる街だと感じて、そそくさとネカフェへ。

 

ネカフェの6時間パックに18時間乗車の疲れは癒せない。

 

しかし、飛行機よりも新幹線よりもバスよりも。

どの交通手段よりもはるかに安い運賃で東京に来れた。

 

その事実だけが僕らを勇気づけてくれた。

 

 

 

最後に

青春18きっぷのルールが変わった以上、こんな旅はもう出来ないんだな。

ていうかしたくはないんだけど。

 

それでも、駅やテレビで『青春18きっぷ』の文字を見ると、この旅を思い出す。

 

きっと一生。

脚色もせず、美化もせず。

 

ありのままの旅が僕の記憶に残っていく。