僕は高校時代、すごく肌荒れに悩んでいた。
絶え間なく出来るニキビ。
赤く脂ぎっている顔は、自分で直視することすら躊躇われた。
とにかく嫌だった。
毎日毎日寝る前に、「明日になったら肌の荒れてる部分がベロンと剥がれますように」
そう祈りながら就寝。
翌朝洗顔するときに、自分の顔を見てため息をつく。
またある日、
薄暗い洗面台の鏡に映る自分の顔を見て、「なんか少しマシになったかな?」そう思い、少しテンションが上がる。
そして出かけた先で明るい場所にある鏡を見て、「もう二度と騙されないぞ」と浮かれていた自分を戒める。
テレビなどで『ニキビ』はおろか、『ビキニ』という言葉が聞こえるだけで心臓は縮み、ブラックマヨネーズの吉田の話にも笑うことができなかった。
病院にも行ったしプロ〇クティブも試してみた。
何か良くなった実感は得られたことがない。
高校一年生のころまでニキビなどほとんど出来たことない、お肌トラブルとは無縁の人生だった。
それが、高校1年の夏にホームステイをして帰ってくる頃にはお肌荒れ荒れ男子が誕生していた。
原因はわからないが、慣れない生活へのストレスや脂っこい食事、成分の強い日焼け止め、アリーへの失恋など※、様々な要因が絡み合って僕の肌は爆発したのだと思う。
※アリーの話は以下の記事を読んで
とにかく、アメリカから帰ってきた僕はこれまでにはなかった、『ニキビ』という厄介なやつと長く共生することになる。
たかがニキビと侮るなかれ。
思春期の肌荒れは確実にその人の性格・人格に影響を及ぼす。
超がつくほどの田舎だった僕の周りには、デリカシーのない人間ばかりいたこともあり・・・
「アメリカでニキビもらってきたの?」
「日馬富士みたいじゃん」
「ちゃんと顔洗ってる?」
「洗顔てのは、こうしっかりと泡立ててから優しk・・・」
「顔どうした?」
などなど、お返しにバットで殴っても許されるような暴言を平気で浴びせられる環境にあった。
そのような環境に置かれると人間はどうなるか。
僕は徐々に人前に出ることを恐れるようになった。
そればかりか、人と対峙するときに相手の目を見れなくなったのだ。
これは結構重傷で、克服するのに長い時間を要した。
最初のほうは目を合わせれないばかりか、タオルで顔を隠して話していた。
常に手にタオルを持ち、汗っかきなフリをして顔を隠していたのだ。
肌荒れは少しずつ少しずつ、僕という人間を内向的に変えていった(元からという説も)
高い化粧品や、洗顔にも片っ端から手を出した。
周りの人間が教えてくるウソかホントか分からないような眉唾物のスキンケア方法もすべて試した。
そしてその全てにおいて僕が欲しい効果は得られなかった。
なんなら悪化していった。
僕の肌が落ち着いたのは、大学に入ってから。
もうどうにでもなれという半ばやけくその気持ちから、それまで実践していたすべてのスキンケアを投げ出した。
洗顔も、化粧水も、乳液も。
全てを投げ捨てて、一切手を加えなくなってから、僕の肌は急激に落ち着いていった。
そこから数年かけて僕は自分の肌質に合うものを探しつつ、あまり触りすぎないということを学んだ。
今では、年相応に必要なスキンケアをしている。
もちろん美肌なんてものには程遠いと思うが、清潔感が損なわない程度まで頑張っていると思う。
高校生の頃の、毎日毎日悩みぬいて苦しんでいたことを思うとだいぶマシになっている。
高校生の頃の僕よ。
一言いいか?
いらんことすな!!!!!
無駄に金かけていろんな事しても治らん!!
触るな!!!
以上である。
アメトーーク!さん『ニキビ芸人』の回があればぜひお呼びください。
ひな壇の上からちょうどいいあるあるを差し込めますぜ。
そして最近はスキンケアにお熱である。
お肌の話はまた今度しっかり書こう。
今週のお題「これを練習しています」
