むらよし農園

面白いことが書ければと。

僕の判断は間違いではなかったはず

今週のお題「夏の思い出」

 

長い話になるが読んでほしい。

 

中学生の頃の話である。

 

僕の中学はとんでもない田舎にあったため、全校生徒が10人という超小規模校だった。

そのため全校生徒が同じ部活に所属しなければならないという変なルールがあった。

 

人数が少なくても、一つの競技に絞れば大会に出れるという考えのもとに生まれたルールというか伝統なのだと思う。

 

そしてその競技はソフトテニスだった。

 

田舎の中学生はなにかとネットを挟みがちである。

 

 

かくして僕は、小学生の頃からしている競技と並行する形で、中学入学と同時にソフトテニス部員となった。

 

昔からどんなスポーツもそこそこにこなすことの出来た僕は、自分で言うのもなんだが割と上手だった。

1年の最初の大会からレギュラーを勝ち取った。

 

まぁ補欠が出るほど人はいないんだけど。

 

 

それでも真面目に練習を続けて、最初の大きな大会を迎えた。

 

喜界島、徳之島、沖永良部島、与論島、を含めた奄美群島全ての中学生による地区大会である。

 

これに勝ち残れば県大会に出場することが出来る。

つまり、日本の本土に上陸することが許されるわけだ。

 

負けるわけにはいかない。

 

田舎の丸坊主中学生たちによる、本土上陸を賭けた熱い闘いが始まった。

 

まずは団体戦。

順調に勝ち上がり、あと一つで県大会というところまで来た。

しかし、大事なところで僕と同級生の1年生ペアが負けたことで敗退が決まってしまった。

先輩の頑張りに報いることが出来ず非常に悔しい思いをした。

 

団体戦は残念ながらあと一歩というところで負けてしまい、県大会出場はならなかったが、まだ個人戦がある。

 

ここで県大会出場(鹿児島本土での買い物)を決めてやる。

 

初戦の不戦勝や、組み合わせの圧倒的なくじ運の良さから僕たち1年生ペアは順調に勝ち進む。

 

とうとうあと一つ勝てば県大会出場(島にはないアミュプラザに行ける)が決まる大一番を迎えた。

 

相手は島で最も大きな中学の3年生。

明らかに僕らよりも上手である。

 

それでも、負けられない戦いがここにはある。

 

試合が始まった。

 

実力も経験も相手の方が上であり、敗戦濃厚だろうという周りからの予想を覆し、白熱した戦いとなった。

 

実力や経験に劣る僕らは、声の大きさと気合で相手を大きく上回っていた。

 

やっぱり気合いと根性さえあればどんな局面も打破できるんだ。

 

男塾塾長の江田島平八さんが言ってたことは間違いなかった!

 

僕らはアドレナリン出まくりの状態で試合を続けていく。

 

そして、中盤にふとおかしなことに気が付く。

 

 

相手チームの一人がどう見てもフラフラしている。

 

そして明らかにその人のミスが多い。

 

多分だが体調が激悪い。

 

この日の会場はバチバチに暑く、汗が滝のように吹き出るコンディションだ。

 

当時は風邪か何かと思っていたが、今思うと熱中症だったんじゃないかな。

 

僕たち1年生ペアが、実力が上の相手に接戦を演じることが出来ているのも、僕らの気合がどうとかでなく相手の体調不良によるものだった。

やはり現実は甘くない。気合いと根性で実力の差を埋めるには男塾に入るしか方法はない。

 

しかし、相手のコンディション不良とはいえチャンスに違いはない。

僕と友達はセット間のインターバル中に作戦を話し合った。

 

その結果、

 

 

 

「体調不良っぽい人を積極的に狙っていこう」という作戦になった。

 

ロス五輪柔道無差別級の決勝にて、山下泰裕選手の傷めている右足を攻めなかったことで国際フェアプレー賞を獲得したラシュワン選手とは真逆の作戦である。

 

僕らは必死だった。

目の前の勝ちをもぎ取るために、全力で体調不良の選手を狙い続けた。

 

しかし、そもそも圧倒的な実力差がある相手である。

その選手を狙ったからと簡単には勝たせてもらえない。

 

試合はフルセットまでもつれた。

 

勝負の最終セット前のインターバル中。

 

相手チームの監督が僕らのもとにやってきた。

 

話を聞くと、体調が優れないので最終セットまで少し休憩時間が欲しいという申し出だった。

 

体調不良を理由とした相手のタイムで、2回試合は中断している。

本来ならこれ以上タイムを取ることは出来ない。しかし僕らがそれを許可すれば特別にタイムを認めるということを審判から言われたらしい。

 

 

僕らは即決だった。

 

 

 

「いえ、今すぐ試合を始めてください」

 

 

 

試合は僕らの勝利で終わった。

 

相手の選手は試合後に倒れ、そのまま病院へと直行したそうだ。

 

僕らは県大会出場の切符をもぎ取った。

 

当時はとにかく必死だったし勝ちたかったので、自分たちの判断は間違ってないと思っていた。

 

『スポーツマンシップ』という言葉が何度も頭をかすめたけど、「僕たちは悪くない」という考えだった。

 

 

そしてそれから20年以上経ったわけだが、改めて当時の自分のしたことを考えてみる。

 

 

 

 

 

 

 

間違ってない。

 

 

大人になったうえでそう思える。

 

スポーツマンシップとは、決められたルールの中で勝つために全力を尽くす、最善を尽くすことだと思っている。

 

 

僕らは自分たちの全力を尽くし最善を尽くした。

 

今でもそう思っている。

ぼくはそもそも超がつくほどの勝利至上主義なのでそう思うのかもしれない。

 

murayoshinouen.com

 

フラフラになりながら頑張っていた彼を思うと、悪いなぁとはもちろん思う。

 

あそこで休憩を認めたうえで勝つほうが良かったのかなとも。

 

しかし、勝負に情けは無用なのだ。

どんな事情があろうと勝負のその一瞬のコンディションが全てだ。

誰が悪いとかではない。

 

悪いのは、そんな状態の生徒を試合に出させ続けた指導者なのである。

 

思い出を噛みしめたうえでそう思う。

 

皆さんはどう思うだろうか。

よかったら教えてください。

 

ちなみに

 

ここまでのことをして勝ち取り県大会に進んだ僕らだったが、初戦で信じられない程強い相手に当たり、相手のサーブミスの1点しかとることが出来ないという屈辱の大敗を喫した。

 

 

そしてアミュプラザに直行して、無事stussyのTシャツを買った。

 

 

 

最後に

 

 

毎日毎日、よく分からない仕事を振られても笑顔で引き受けている僕だが、内心僕じゃなくてもいいだろとか思うこともある。

それでも口には出せずに仕事をする。

 

中学一年生で、相手チームの監督の提案を一蹴できた僕のメンタリティよ

 

 

帰って来てくれないか。


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