むらよし農園

面白いことが書ければと。

熱中症という言葉がまだなかった時代の出来事

暑い。

 

朝からものすごい日差し。

どうやっても汗をかく。昼前には気温は35℃を楽に超える。

 

テレビをつければブラスバンドの演奏に金属音が混じる。

夏本番だ。

 

毎日熱中症警戒アラートが発令されている。

 

この暑さをみんなどんな風にとらえてるかは分からない。

異常気象とか、温暖化とか、うっとおしい、不快、ムカつく・・・

そんな風に思っても仕方ないだろう。

 

でも、僕は暑いの大好きなんだ。

暑ければ暑いほどいい。

汗が噴き出し、肌をじりじりと焼く日差しが好きなんだ。

 

Mかもしれない。

 

とにかく暑ければ暑いほどテンションも上がるし、何かをやろうという気持ちが湧いてくる。

 

そんな僕の人生で唯一、熱中症になりかけた話を思い出してみよう。

 

今週のお題「人生最大のピンチ」

 

 

あれは今から21年前のちょうど今頃の話。

 

僕は中一にして親戚の経営するマグロの養殖場でアルバイトをしていた。

アルバイトというかお手伝いなわけだが。

この記事に少し書いてある。↓↓

murayoshinouen.hatenablog.com

 

 

朝は7時に出勤なので、毎朝6時半には起きて準備。

おじさんは毎朝軽トラで迎えに来る。

運転はおじさん、そして助手席には吉谷さん(社員さん)。

 

そう、僕は軽トラの荷台に乗って養殖場まで行くのだ。

 

30分かけて養殖場に到着。

手早く着替えて、船にマグロのエサを積み込む。

エサは鯖だ。前日のうちにコンテナに出しておいた冷凍のサバを船に積む。

 

うろ覚えだが、400~500キロだ。

 

船も全然大きくなくて、膝までサバでパンパンの状態で出港。

このサバを僕と吉谷さん2人で撒かなければならないならない。

 

もちろん機械なんてない。

バカでかいスコップで撒くんだ。

 

 

僕がこの仕事に慣れ始めた10日目くらいの日だった。

 

その日は朝から1ミリも雲のない快晴。

気温もとても高く、夏のラスボスみたいな日だった。

 

船が出る前から汗だくで、今日はしんどそうだなと思っていた。

 

 

そして沖に出て、マグロの泳ぐ生け簀に入っていく。

 

この日はマグロもなんだか様子がおかしかった。

船が入ってくるなり、海面近くまで上がってきて、波が立つほど激しく船の周りを泳ぎ始めた。

 

「マグロもこんだけ暑かったらおかしくなるよな」

 

吉谷さんはそう言って笑った。

 

急いで終わらせよう。

 

2人でスコップで撒き始める。

マグロはすごい勢いでサバを食べていく。

なんだか僕らまで飲み込まれそうなほどの迫力だった。

 

 

サバを半分ほど撒き終わったあたりで異変に気付く。

 

 

体に全然力が入らない。

 

ぼーっとするし、集中できない。

 

首、背中あたりが尋常じゃない熱を持ってる。

それでもなんとか体は動くのでスコップでサバをすくって投げる。

 

もう少しで終わるという時に、吉谷さんが僕の異変に気付いた。

 

「大丈夫か?」

 

僕はかっこつけて、「全然余裕です。」と答えたが、体はそれ以上動かなかった。

 

吉谷さんに言われてエサ撒きをやめ、船のヘリから少し身を乗り出して、海を眺める姿勢で座っていた。

 

 

あー海がきれいだな。

マグロの泳ぐ姿が美しいな。

 

海は冷たくて気持ちいいかな。

今日の仕事終わったら泳ぎたいな。

 

そう思ってる辺りで僕の記憶は途切れた。

 

 

 

気が付いたら僕は全身びしょ濡れで船に横になっていた。

そして左手からは出血をしていた。

 

起き上がると頭がガンガンしている。

 

「まだ寝とけ」

 

吉谷さんは鬼気迫る表情で船を運転しながらそう言った。

 

 

船が港に着くと、僕は着ているカッパや長靴を脱がされ日陰に行き、まずはホースでしこたま水をかけられた。

 

その間にポカリや水などをがぶ飲み。

 

体を拭いてエアコンの効いた控室に運ばれた。

 

当時はまだ熱中症という言葉も一般的ではなく、『日射病』と言われた。

 

幸運なことにそこまで重症化せず、昼ご飯には回復し、その日はそのまま帰った。

今のように熱中症の知識が広がってる時代なら間違いなく救急車で運ばれていただろう。下手すれば死んでてもおかしくない。

 

 

僕は記憶がない間に何があったのか気になり、

船の上で気を失った後の僕の行動を吉谷さんに聞いてみた。

 

僕は身を乗り出し、海を眺めていて、左手を海につけていたらしい。

吉谷さんはただ、「疲れてんのかな」と思っていたそうだ。

 

 

吉谷さんは残りのサバを一人で撒き終えた。

 

船を水で流しながら僕を見ていると、僕の体が急に海に引きずり込まれそうになったらしい。

 

 

理由は、興奮冷めやらぬマグロが、僕の左手をエサだと思いかぶりついたからだ。

僕の左手からの出血はこういうことだ。

ここで僕の意識がないことに気付いた吉谷さんは僕を船に寝かせて水をかけたらしい。

 

水をかける行為が正しいかは分からないが、中学生が意識を失ってる様子はさぞ恐ろしかっただろう。

 

その後の鬼気迫る表情はそういうことだったのだ。

 

今思うとその日は前日遅くまでテレビを見ていて寝坊し、朝食をとらずに仕事に出かけたんだ。

また。朝から炎天下なのに帽子もかぶらず日差しを浴び続けた。

 

これでは熱中症になりなさいと言ってるようなもんだ。

 

熱中症はコロナよりもずっとずっと多くの人の命を奪っている恐ろしい病気だ。

決して甘く見てはいけない。

 

この暑さの中、外に出る用事がある人は、十分な睡眠と十分な食事、そしてこまめな水分補給と、可能な限り日差しを避ける工夫を。

 

 

しかし、こうも眩しい日差しを見ると、ついノーガードで全身に太陽を浴びたくなるんだよな。

そんなとき僕はいつも、あのときの吉谷さんの表情を思い出して、日焼け止めを塗り帽子をかぶるんだ。