【ビワイチ 1 】【ビワイチ 2】はこちら↓
全てを知った男
折り畳みのミニチャリに驚きを隠せなかった僕らは
丁寧にお礼を言ってT先輩の家を離れた。
近くの自販機まで自転車を押していく。
「どうする?」
Y先輩が聞いてくる。
もちろん、誰がどのチャリに乗るのかということである。
一般的な縦社会的観点からいうと先輩がロードバイクだろう。
しかし最も体が大きいのが僕なので僕がミニチャリは厳しい。
そして、何も知らされずについてきてしまった不運を思うと後輩にロードを譲ってもいいとも思う。
とりあえず先輩にロードを譲り、僕ら後輩二人がミニチャリに乗ってみて後々考えようということになった。
そしてこの話し合いを僕と先輩でしていると後輩がようやく、
「自転車借りてどうするんすか?」
と聞いてくる。
「とりあえず飯食いに行くから借りてたんよ」
先輩が間髪入れずに答える。
「あーなるほど」
いや、おかしいんだぞ。
絶対になるほどではないはずや。わざわざ京都まで来てチャリで飯食いに行く必要なんてないんやぞ。
列車旅の疲れでまともに考えられなくなっている後輩を不憫に思いながらも、同じくらい僕も疲れてるのであまり深く考えないようにした。
とりあえずお腹が空いて力が出ないので近くのお店を探す。
15時を過ぎているため、なかなか開いている店はない。それでもなんとか通し営業の『松のや』に入ることが出来た。
お腹は空いていたが、これから始まる過酷なチャレンジに備えて僕と先輩は食べ過ぎないようにしていた。
しかし何も知らない後輩はモリモリとハイカロリー揚げ物コンビの定食を平らげてご飯のおかわりまでしていた。
その無邪気な食べっぷりに、刑の執行前に好きなものを食べる受刑者を見守る看守のような気持ちになった。
かわいそうになったので奢ってあげた。(そもそも後輩は2000円くらいしか持ってきてなかった。)
お店を出て100均へ向かう。
雨や野宿に備えて最低限の装備を準備するためだ。
カッパやヘッドライト、銀マットやビニールシートなどを購入。
この銀マットが後に大活躍することになる。
あとはサイコロとメモ帳を買って100均を後にした。
このあたりで後輩は、なにかよくないことが進行していることには気付いていた。
荷物を分担し、自転車にまたがりさぁ行くぞという時に
「ちょ、ちょっとマジでどこに行くんすか?」
と聞いてきた。
先輩と僕は顔を見合わせて
ここしかないなと確信。
「これから琵琶湖をこのチャリで1周しに行くんやで。」
先輩のさも当たり前やんという一言に後輩は、自転車から崩れ落ちた。
地面に這いつくばりながら
「マジっすか」
と爆笑していた。
きっと精神を病んでしまったんだろうな。
悲痛な笑い声をあげ続ける後輩に
「せやからお前は携帯でナビを頼むわ」
と浴びせる先輩はすごいなと思った。
かくして僕たちの旅が本格的に始まる。
すぐ逸れた国道1号線
上の地図のようにいけば道も分かりやすく、休憩を挟みながらでもそんなにはかからないだろうと思っていた。
ところが途中で道を外れ始める。
先頭を走るY先輩について行っていたのだが、先輩がどんどん住宅街のような道に入っていくのだ。
ナビ係の後輩はおかしいと分かっていながら何も言わずに後ろから付いてきていた。
おい!!しっかりしろ!!何黙ってついてきてんだ。そもそも何でナビ係のくせに一番後ろに甘んじているんだ。
先輩はロードなのでぐんぐんスピードをあげて走っていく。僕らはついて行くのが精いっぱい。
そしてたどり着いたのは、車も通れないほどの狭いローカルな道。
昔の東海道でももっと広かったと思うぞ。
そこで先輩と後輩の地図を見比べる。
出発地も目的地も同じだが、先輩の地図は徒歩ルートになっていた。
そのせいか分からないが、近所の人しか通らないルートを出されて戸惑ってしまったのだ。
道自体は合っていたが、この時点で大幅なロスをすることになった。
しかしルートを大きな道ではなく小さな道を選んだことでいいこともあった。
かつて豊臣秀吉が一世一代のバカ騒ぎ『醍醐の花見』を開催した場所である。
歴史に名を残すほどのバカ騒ぎ
一体どれほどのエネルギー
どれほどのお金
どれほどの時間が必要だったことだろう。
醍醐の花見のようなスケールではないにしろ
我々が今していることは『バカ』というほかない。
一体なぜこんなことしてるのか。
こんな辛い思いをして何を成したいのか。
こんな『バカ』やるエネルギーのもとはどこからきてるのか。
そんなこと思いながら走っていた。
そしてその答えはこれから待つ
逢坂山にあった。
逢坂山
醍醐寺を後にして、薄暗くなった道をペースを上げて走る3人。
そこにこの日の最強の敵が立ちはだかる。
昔から関所として君臨する「逢坂山」である。
変な高速の横を通るくねくねとアップダウンを繰り返す過酷な道だった。
ミニチャリの僕らにはほんとにキツかった。
「一体何のために…」
何度もそう口にしかけた。
『 名にし負はば 逢坂山の さねかずら
人に知られで くるよしもがな』
これは我々が苦しい思いをして登ってる、逢坂山を舞台に詠まれた和歌である。
逢坂山に生えている、さねかずらのツルを手繰り寄せていけば新しい恋人につながってるんじゃね?的な歌である。
全員が初めての滋賀県。これから出会う人はおそらく全員知らない人だし、全員二度と会うことはないわけだ。
そもそもそれは逢坂山に限ったことではない。常にそうだ。
一期一会という言葉を噛みしめながらのペダリング。
新たな出会い、なんなら新たな恋に期待を込めて、さねかずらを手繰るように最後の一漕ぎ
おそらく「何」かがしたいと言っていたこの「何」かってのは誰かに出会いたいってことなのかも。
そういうよく分からないエロい気持ちこそがバカするときの原動力なんだ。
だったら3人ともエネルギー満タン。
百人一首に気付かされたよ。ありがとう。
そして体力の限界の末にとうとうたどり着いた。
長かった。
やっと出会えた。思ったよりも小さかったんだね。
言っていい?
正直もう帰りたい。
けど、まだまだ夜は終わらない。
つづく