【ビワイチ その1】はこちら↓
行きたくない朝
4時にかけていたアラームが鳴り響き、むくり起きる。
さっき寝始めたような気がするな。
尋常じゃないくらい眠いしだるい。
昨夜寝たのは1時を回っていたから仕方ないか。
絶対に寝坊は許されない。その一心でダルい体にスイッチを入れる。
カーテンを開けると
これから始まる過酷な旅を憂う僕の心とは裏腹に、快晴を予感させる美しい朝焼けが迫っていた。
始発を逃せば到着が大幅に遅れてしまう。
なぜなら今日の移動は「青春18きっぷ」による列車旅だから。
青春18きっぷ(せいしゅんじゅうはちきっぷ)は、旅客鉄道会社全線(JR線)の普通列車、快速列車が12,050円(大人、子供同額)で1日乗り放題を5回利用可能[1]となる、販売および使用期間限定の特別企画乗車券(トクトクきっぷ)である。
5枚綴りの切符を買って、そのうちの1枚でJRを一日乗り放題出来るという優れもの。
しかし、特急には乗れず普通、快速のみの乗車となる。
ひとりで5枚を使ってもいいし、一枚ずつ5人で使ってもいい。
一枚あたりの金額は約2400円。
時間さえかければ東京だって2400円で行けるコスパモンスターだ。
ちなみに高知から東京までは、青春18きっぷでは約18時間かかる。
何度もやっているがおすすめはしない。精神が崩壊する。
今日の目的地はT先輩の家がある、京都の松井山手という駅である。
5時の始発に乗り、到着予定時刻は14時40分ごろ
所要時間は約9時間40分の長旅だ。
正気ではない。
そもそも京都ならバスで行けば5時間くらいで着く。
それなのにわざわざこの移動手段を選ぶのには訳がある。
Y先輩が「青春18きっぷ」以外は旅とは言えないという変態的な癖(へき)を持っているからである。
これまでも何度も付き合わされているのでなんとなく予想はついていた。
高知駅に5時に集合。
3人とも絶望の色濃い最悪な顔色。
「行くのやめてスロットでも行きません?」
喉まで出かかった言葉を飲み込み始発の列車に乗り込む。
おそらく口にすれば二人は賛同してくれるような気がした。
それくらいみんな行きたくなかった。(行くなよ)
疑う男
乗ってしまえば阿波池田まで乗り換えはない。
がらがらの車内で各々が眠りにつく。
少しでも体力を回復しないと先は長い、深い、言葉にならないくらい…
大歩危、小歩危といった美しい渓谷の見られる駅や、それらの駅の間にある集落の様子は一見の価値ありだ。
そんな美しい景色を一切見ることなく阿波池田まで誰一人起きることなく無事に爆睡することが出来た。
これが旅慣れというものか。
阿波池田で乗り換えて琴平に向かう。
二時間以上寝れたことで多少元気も出てきていよいよ旅らしくなってきた。
このへんで後輩のNが少しだけ異変に気付き始める。
「二人ともなんかやけにスポーティーな格好ですね」
確かにそうだ。甲子園を見に行くとはいえ、大都会である兵庫、大阪、京都に向かうというのにアラサー二人がスポーツブランドのウェア上下はおかしい。
事実後輩はもう少し若者なファッションで身を固めている。
「俺は行ったことあるから分かるけど甲子園めちゃめちゃ暑いからな」
先輩が、答えになってるのか分からない経験者としての意見でお茶を濁す。
後輩はさらに続ける
「てか高知商業の試合2日後ですよね?それまで何するんです?」
しまった。後輩がこんなに鋭いとは思ってなかった。
なんにもそのへんのいいわけを用意してなかった僕らは
「いやまぁ色々やろうかなと」
「観光っていうかまぁあれよ。」
と、二人して答えてないのと同じのしょうもない答えで、これ以上濁ることないお茶を濁していた。
後輩の追及は続く。
「えっ?甲子園って京都なんでしたっけ?」
バカか!そんなわけないだろ!黙ってついてこい!
無駄に鋭さ見せてくるな!いい加減にしろ!
「T先輩と合流して遊ぶだけやから」
これ以上の追及はこっちがボロを出してしまいそうだったので(もう出てる)さくっと話を終わらせて、まだまだ先の乗り換えについての話に強引に持っていった。
思ってた自転車とちゃう
琴平で乗り換えて多度津を通過して坂出で乗り換えて岡山を目指す。
特急『南風』に乗っていれば乗り換えなしの2時間40分ほど。
僕らの青春18きっぷでは今向かってる琴平に着いた時点で約3時間半。
しかもゴールはまだまだ先。
そりゃ気も狂うってもんよ。
しかしながら普段住んでる街とは違う景色や、瀬戸内海のキメキメの風景は、しょうもない会話ばかりで日常から抜け出せない3人を『旅』へと引きずり込む。
瀬戸大橋を渡り岡山で乗り換える。
本州に突入した。
気動車から電車へ変わる。
人が徐々に増えてくる。
これまでは余裕で座れていたが、ここからはそうはいかない。
時間も経過してきたことで少し疲れも見えてくる。
でももうすぐだ。京都まで行ってしまえば大丈夫。
自転車に乗ってしまえばこっちのもん。(乗りたくない)
とりあえずの目的地到着にほっとするのもつかの間
T先輩の家に向かう。
歩いてすぐだったが、Tさんは急用でおらず、T母が対応してくれることになった。
いきなり初対面の人から自転車借りるの気まずいな。
快く僕らを迎え入れてくれたT母は僕ら3人のために用意された、3台の自転車まで案内してくれた。
これから過酷な旅を共にする相棒はどんなかな?
ロードバイクがいいけど3台ともってことはさすがにないかな?
ロードはあっても2台であとはクロスバイクとかだろうな。
もしかしたら旅用の荷物かけれるランドナータイプのやつかもな。
用意されていた自転車は
1台は旅用のいわゆる「ランドナー」
おぉかっこいいじゃん。
あとの2台は
折り畳みのミニチャリだった。
ニコニコしているT母の横で真顔になるしかない3人の旅が本格始動する。
つづく